たまプラーザ50年前の風景

たまプラーザの古い写真
1967年の美しが丘一丁目(山内図書館 所蔵)

ウルトラセブンの撮影地だった

上の古い写真は、東急田園都市線が(1966年に溝の口〜長津田)開通された翌年に撮影されたたまプラーザ駅 北口の風景。

赤土の見える造成地の中にポツンとそびえ立つのは、たまプラーザ駅前ビル(県公社たまプラーザ駅前分譲共同住宅)である。半地下2階地上10階建てのこのビルが完成したのは1968(昭和43)年3月。

完成した同じ年にテレビ放映された特撮番組『ウルトラセブン』の第43話「第四惑星の悪夢」の回に建設途中のこのビルが登場する。文字通り、主人公たちが遭難して不時着する謎の惑星の建物として使われたのである。この回には、たまプラーザ団地や東名高速道路に架かる境橋なども舞台として使われている。

魚幸うおこうで、お祝い事

県公社ビルの手前にある民家は、この辺りで一軒しかなかった鮮魚店の『魚幸うおこう』さん。当時は御用聞きにまわり、お客さんの家に配送もされていた。その後、仕出しを行ったり、二階のお座敷を宴会場にするなど、近隣住民のお祝い事などに欠かせないお店となった。

美しが丘出身の落語家・林家錦平師匠の真打ち襲名の披露宴もこのお座敷で行われた。当時、病床にあった林家三平師匠 (初代)も「弟子のお祝いを欠席するわけにはいかない」と無理を押して駆けつけたという。

地元の人に長く愛され続けてきた魚幸さんであったが、惜しまれつつ数年前に閉店した。

たまプラーザの古い写真
山内図書館 所蔵

高津と奥高津

県公社ビルの向こうに見える樹木の鬱蒼とした高台は「高津」という地域。現在、新石川小学校が建っているあたりで、その麓は高津谷戸たかつやとと呼ばれていた。高津とは(高い場所)という意味があるという。

高津の尾根はそのまま線路の反対側へと続いていて、美しが丘東小学校のある美しが丘二丁目あたりは奥高津と呼ばれていた。

県公社の前に『イトーヨーカドー』が出来たのは、この写真の12年後となる1979(昭和54)年、盆踊り会場でもあった隣の空き地に東急SCができたのは、さらに三年後の1981年。

その後、続々とビルが立ち並び現在のような商業地域が出来上がっていった。

授業をする宮澤高広さん
講師:宮澤高広

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たまプラーザ満開の桜並木
右がたまプラーザ駅前ビル(2015年)

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たまプラーザ50年前、街の歴史(横浜市青葉区) by 高丸コレクション

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