戦国時代、津久井道の登戸にあった屋敷
「江戸道(津久井道)を通行する人が増えたから(風呂屋を)出したんだろうね」と石橋屋酒店(川崎市多摩区)の社長、細埜隆己さん。 《江戸時代中期、登戸に風呂屋が登場!》からのつづき 今 [すべて見る]
横浜市・川崎市・東京多摩を中心の郷土史・歴史に関する記事

「江戸道(津久井道)を通行する人が増えたから(風呂屋を)出したんだろうね」と石橋屋酒店(川崎市多摩区)の社長、細埜隆己さん。 《江戸時代中期、登戸に風呂屋が登場!》からのつづき 今 [すべて見る]
善立寺(川崎市多摩区)の近くに「登戸の下駄づくり」という説明板があることを、記事「川崎市 登戸の繁栄を築いた、多様な職業と職人の技」で紹介した。 丘陵地の桐などを使って盛んだった登 [すべて見る]
日本人のルーツを扱った『[新装版]アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』(溝口優司:著)を読みました。 [新装版]アフリカで誕生した人類が日本人になるまで 本書は、人類がアフリ [すべて見る]
登戸駅(川崎市多摩区)から放物線を描くように多摩区役所に向かって延びていた津久井道。その放物線の緩やかなカーブの部分が登戸の宿場街である。 登戸駅 小田急線と南武線が乗り入れる [ [すべて見る]
絹布けんぷはどうやって作るか?というと、江戸時代には昆虫の蚕かいこが生み出す繭まゆを活用した。 繭の糸を、人が手繰って何本か撚より合わせ糸状にしたものを生糸きいとと言い、その工程を [すべて見る]
小田急線 新百合ヶ丘駅より、急坂をしばらく登ったところにあるのが、弘法松公園(川崎市麻生区)。 冬晴れの12月中旬に撮ってきました。 小田原急行鉄道沿線名所図絵 弘法松公園から、横 [すべて見る]