2011年の1月、職場近くのお寿司屋さんで、当時、全日本プロレスの社長だった武藤敬司氏とカウンターで隣り合わせになった。しばしの談笑、それだけでも舞い上がっていたのに、「うちの(タウン誌に)紹介してよ」と夢のような提案が飛び出した。断る理由などあろうはずがない。あれよあれよという間に話はまとまり、2月早々に取材することが決まった。
プロレスと田都線沿線の思い出からの続き
道場やぶり (横浜市青葉区)
「頼も~~~う!」と大声で来意を告げた…つもりでドア横のチャイムを押した。
「お早うございます。お待ちしていました。どうぞ!」
出迎えてくれたのは全日本ジュニア(当時)のKAI選手。
その丁寧な応対、礼節をわきまえた言葉遣いに心を打たれた。同時に半年前に会ったある青年と姿が思い浮かべていた。誰もが知っているアイドルグループのN君だ。さる事情で、区内某所で一緒にカブトムシを探したのだが、初対面で挨拶した時の雰囲気、物腰がKAI選手にそっくりだったのだ。
そのN君が今シーズンのドラマでプロレスラー役に挑戦している。そのために体重を増やしたと聞いた。
若手のホープとして売出し中だった好青年のKAI選手も、その後、肉体改造を経て身体もひとまわりでっかくなってワイルドさも増した。現在はフリーとして全日本プロレスやDRAGON GATEのリングで活躍している。
寮長でもあるKAI選手に、まずは寮の中を案内してもらった。驚いたのは階段や廊下に積んである食料品(米や野菜)の量。そして風呂のデカさ。シャワーのフックが2つ付いていて、ひとつはとてつもなく高い位置にあったので尋ねると「馬場さん仕様」だとの答えが返ってきた。
あのジャイアント馬場さんが入っていたお風呂に今立っている…それを天国の祖父が聞いたら、なんと言ってくれるだろうか。
道場に足を踏み入れると、いきなり腹に響く気合と共に熱気が押し寄せてきた。
リングの上には、全日本のエース、三冠ヘビー級王者の諏訪魔選手。そして、いつも試合で顔を知っている若手選手が勢ぞろい。さすがに緊張がする。
とくに諏訪魔選手。リングに近づくと「邪魔なんだよ」オーラがピリピリと伝わってくるようで、それ以上は近づけない。
この数年後、諏訪魔選手が主催する子供向けレスリングクラブの取材で直接話しをする機会があった。その時の気さくな対応、子どもたちの未来や、地元(神奈川県藤沢市)への愛を時に熱く、時に笑顔で語る姿に、最初に受けた恐怖心は吹っ飛んだ。まさにラストライドを食らったような衝撃!その人間的魅力に打ちのめされたのであった。
トレーニングは定番のスクワットからライオンプッシュアップと続く。ライオンプッシュアップは、足を広げお尻を後ろに突き出したあと、胸をおろし、最後は天井を見上げるように身体を反らす柔軟を兼ねた腕立て伏せだ。マネしてみたが、5回もしないうちに腰が悲鳴をあげた。これを何百回もこなすというのだから、人間業ではない。
これぞ「プロレスラーの底力!」を見せつけてくれたのが、征矢学選手。ベンチプレスで、なんと200㎏を上げるという。
KAI選手から「宮澤さん、ちゃんと撮ってくださいよ」と念を押された。
自分もスポーツジムで100㎏を経験したことがある。200kgがどれだけハンパでないことかは承知している。しっかりカメラをホールドしシャッターチャンスを狙う。
「宮澤さん、撮れましたか?」
「撮れてますよ~、たぶん…」
が、デジカメのモニターには、バーベルを上げたところじゃなく、下ろしたところが写っていた。
「あれっ?すいません、タイミングが…」
「えーっ!」と一斉に非難の声。
「俺が何をしたっていうんですかーっ!」と、征矢選手が叫ぶ。
平謝りで、もう一度お願いすると、気を使ってゆっくりと二度上げ下げをしてくれた。
そのままリングに上がると、今度は体重205㎏と、日本人レスラー最重量の「浜ちゃん」こと、浜亮太選手を軽々と頭上に持ち上げて見せてくれた。
プロレスラーの底力!恐るべし…。
隣の川崎市麻生区に琴平神社という有名な神社がある。その100段近くある急勾配の石段を選手同士おんぶしながら駆けあがるトレーニングがあると聞いた。
「絵になるから、ぜひ撮影させてください」とお願いしたら
「残念だな~今日はあいにくの雨だ~」と嬉しそうな浜ちゃん。
その満面の笑顔で、階段トレーニングの過酷さが理解できた。
絶品!浜ちゃんこ!
ムードメーカーで人気者の浜ちゃん(浜亮太選手)が、今度は股割りを披露してくれた。北勝嵐という四股名で活躍した大相撲の力士だけあって、股割りはお手のもの。柔軟な身体はブリッジも楽々とこなす。
その浜ちゃんから「一緒にちゃんこ食べませんか?」と、お昼ご飯のお誘いを受けた。
用意してある材料の量にびっくり。食材は近くの業務用スーパーで揃えるのだとか。若手の選手が材料を刻み、浜ちゃんが味を整え調理する。厨房に三人のレスラーが入ると、空間がほとんど見えない。そんな状況でも器用に包丁をふるい、滞ることのない連携プレイで作業が進む。
そして、特製ちゃんこ完成!バカでかい鍋がテーブルの真ん中にドンと置かれた。
よそってくれた茶碗は、なんとどんぶり鉢。麦茶を注いてくれたのは、これまた居酒屋でサワーを飲むのと同じ大きさのグラス。驚いて隣を見ると、浜ちゃんは生ビール用の大ジョッキで飲んでいた。
「おおっ、これは!」
絶妙な塩加減、想像以上の味。両国やら浅草やらの本場でちゃんこ鍋を食べてきたが、今まで食べたどの店のちゃんこよりも美味い!お代わりをして、ご飯もいただいた。先輩後輩、和気あいあい。冗談を言いあいながらの食事がまた楽しい。自分も18年間、日体大生や体育進学学校の予備校生たちの面倒をみながら同じ釜の飯を食ってきたので、こういう空気が大好きだ。なんともいえない居心地が良さに三杯目のちゃんこをおかわりしていた。
この時テーブルを囲んだ寮生の浜亮太選手、KAI選手、この1月に練習生になったばかりのリ・チェギョン選手の三人とは、後日、追加取材を兼ねた飲み会で大いに盛り上がり、そして、個人的に連絡を取り合うようになった。
浜ちゃんに床屋さんを紹介したり、KAI君に日本酒の美味しいお店を教えてもらったり、なにより嬉しかったのは、「故郷の母が漬けたから」と、練習生のチェギョン君が自宅まで漬物を届けてくれたこと。彼もまた質朴で心優しい好青年。以来、うちのカミさんは彼の大ファンになった。
プロレスラーの友人がいっきに三人もできた!……それを天国の祖父が聞いたら、泣いて喜んでくれるに違いない。
そんな夢のような交流から一ヶ月が過ぎた頃
あのけっして忘れることのできない日がやってきた。