小田急線 誕生の話
小田急小田原線の歴史

多摩川を渡る小田急線
多摩川を渡る小田急線(左:登戸駅)

4年後の2027年、小田急線が開業100周年を迎える!

96年前の1927年(昭和2年)4月1日、新宿から小田原を結ぶ小田急小田原線(当時の社名は、小田原急行鉄道)は誕生した。

新宿駅西口の小田急バス
新宿駅西口(2011年)

新宿から小田原までの鉄道路線

昭和元年が七日しかないので、1927年(昭和2年)が事実上の昭和のはじまり。新しい時代の幕開けの年である。
が…昭和2年と聞いて、頭をよぎるのは「金融恐慌」の文字。

第一次世界大戦の特需によって起こった大正バブル!その反動で起きたバブル崩壊の戦後恐慌(1915年~1920年)。そこに未曾有の大災害「関東大震災」(1923年)が追い打ちをかけ、中小銀行の取り付け騒ぎから、大手商社の倒産へと発展した。

そんな大きな社会不安を抱えながらも、一方で「モボ・モガ(モダンボーイ・モダンガールの略)」のファッションが流行するなど、期待に胸はずませながら新しい時代はスタートした。小田原線は、まさに期待の象徴であった。そのニュースが発信されると、人々は歓喜と、それ以上の(驚き)をもってこれを迎えたのである。

驚くのも無理はない。総距離82.8km!起伏の激しい多摩丘陵をぶち抜き、多摩川、相模川、酒匂川に鉄橋を架け、4箇所のトンネルを掘削して、神奈川県の内陸部を東西に貫通する。当時の土木技術を考えれば、ケタはずれの難工事。それを、なんと1年と5ヶ月という超ハイスピードで完成させてしまったのである。

関東大震災からの復興!急がれるインフラ整備!切迫した時代の要請が後押しをしたことは間違いない。とはいえ、1年半足らず…という日数は尋常でない。

そんなワイルドスピードなプロジェクトを成功に導いたのは誰あろう!小田原急行鉄道の初代社長・利光鶴松としみつ つるまつ氏である。

小田原急行鉄道の初代社長》へ続く

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