
毎年9月に開催される登戸稲荷社(川崎市多摩区)の秋祭りには沢山の露店が立ち並び、それは大勢の来場者で賑わう。
私も二度ほど遊びに行ったが、奉納神楽が行われたり、胴径183cm、重さ約2トン、曳き太鼓としては川崎一の大きさという大太鼓が打ち鳴らされたり…と、かつての村祭りもさもありなんという、実に風情を感じさせる祭であった。

1846年の拝殿彫刻
それにも増して素晴らしいのが、拝殿の彫刻である。弘化3年(1846)に、上平間村の渡辺喜右衛門棟継という彫工が手掛けたもので、向拝の飛龍の出し彫りにはじまり、桟唐戸の獅子の透かし彫、欄間の麒麟のほか、八岐大蛇や三国志など神話や物語をモチーフにした彫刻が全部で61点、壁面を埋め尽くすように施されている。さらに必見なのが、覆屋の外壁に描かれた鏝絵である。
関東大震災で残った西側の鏝絵
鏝絵とは、左官職人が壁を塗るための「鏝」を使い、漆喰を盛りあげて立体的に仕上げた壁画のことである。江戸時代後期に、左官の名工・伊豆の長八(入江町八)がその技を芸術の域にまで高め、その技術と芸術性は、後に多くの弟子たちに継承されていった。
稲荷社の鏝絵も、本殿が建立された嘉永6年(1853)に長八の弟子・庄(正)太郎の手による。東と西側に龍と浪、北側には龍虎が描かれていたが、大正12年(1923)に起きた関東大震災によって大部分が落ちて無くなり、西側のみが残された。現在、東と北側にある狐などの鏝絵は、その後に登戸の左官たちによって描かれたものであるが、こちらも職人の町・登戸を象徴する見事な出来栄えで目を楽しませてくれる。
《暴れる多摩川と度重なる水難》へつづく(近日配信)
